【論点5】日中関係
靖国参拝で2014年日中関係回復は絶望
日本が直面する3つの悪いシナリオ
――津上俊哉・津上工作室代表

http://diamond.jp/articles/-/46994?page=7


・ 安倍政権下の日本との関係改善は絶望的になった。日本との首脳交流再開は決して急ぐべきではない。

・ 抗議デモは他に術のない小国が強大な国に対して執る反撃方法であり、大国になった中国には相応しくない。対日経済制裁も中国の利益を害してしまうので不適当だ。

・ 日本の選挙民が安倍政権を選ぶことや安倍総理が靖国を参拝することを中国が阻むことはできない。

・ 国際世論は安倍参拝批判一色であり、これを味方にして、安倍総理の悪行を宣伝すべきである。一案として、安倍総理や他に参拝した日本政治家らを(入国禁止の)ブラックリストに載せる方法が考えられる。



習近平主席にとっても、最優先課題は「いまの経済難局を乗り切る」ことであり、この時期に周辺国との揉めごとは避けたい。とくに米国との関係を悪化させてはならない。だからこそ就任して日の浅い昨年6月に訪米してオバマ大統領と会談した。

 また、7月には「海洋強国」講話、9月には「周辺外交」講話と、ソフトトーンの講話を二回している。前者は末尾の一文を鄧小平流の「棚上げ路線の堅持」で結んでいるのがミソであるし、後者は「核心利益」が一度も出てこなかった。それはオバマ政権に聞かせるための講話だった気がしてならない。


中国は、米国の財政削減問題の困難を冷徹に見通しているが、問題は、いまや中国も経済的困難に直面していることだ。米中対話の跡を追っていくと、中国はその経済的な困難やこれに立ち向かうための改革を打ち出したことを、かなり率直に米国に語った形跡がある。そう聞いたオバマ政権は「これで中国を巻き返せる」と考えるより、「太平洋での防衛負担を軽減できるかもしれない」と考えたのではないか。

 米国の対中政策は、一期目に過熱した中国との緊張を冷ます、喩えて言えば「尖閣問題は『過去ログ』送りしたい」方向に重心移動し始めた可能性がある。そう考えれば、「東アジア地域の緊張状態を悪化させる安倍参拝は“disappointed”だ」とするコメントもハラに落ちる。米国がその方向に動くとき、日本がクリントン前国務長官の啖呵の余韻に浸って、際どい対中牽制を続けていれば、日米の立ち位置には「すきま」が生じてしまう。



 安倍総理には、国際協調を基調とする「積極平和主義」(日米安保強化もこの「系」に属する)と、日米を離反させかねない「歴史修正主義」的な国家観が同居している。

 これに対して、日本国内には大別三つの立場がある。

第一は安倍総理の国家観を好感し、「中国の脅威」に対抗するために日米安保強化にも同意する「右」の立場。第二はどちらにも反対する「リベラル・左」の立場。そして、第三は日米安保強化に賛同しつつも、「歴史修正主義」を危惧する「親米保守」とでも言うべき立場である。政官財、そしてマスコミの主流も含めた日本エスタブリッシュメントの多数派はこの立場だ。

安倍政権が進めてきた憲法改正、集団的安全保障の見直し、国家安全保障会議の創設、特定秘密保護法といった一連の流れは、平たく言えば「右」と「親米保守」が「リベラル・左」の反対を押し切ってきた流れである。この数年来、とくに強まった「中国の脅威」の感覚がその選択を自然なものと感じさせてきた。

 しかし、今回の参拝が、この「連合」の構図を変える可能性が出てきた。「右」の立場は、参拝に“disappointed”とコメントした米国への不満を高めているが、外交・安全保障を重視する「親米保守」は「歴史修正主義」を危惧している。現に今回の参拝については、官邸内部にもそうとうな葛藤があったと聞く。


 安倍総理にとって、靖国神社を参拝することは、支持者への「約束」だったのだろうが、国民は「右」で一枚岩な訳ではない。後世、「安倍参拝の最大の咎は、日本国内に亀裂を生じさせたことだった」と総括されるかもしれない。

政権の運営にとっても,今回の参拝は大きなコストを生むだろう。たとえ靖国参拝を今回かぎりで「封印」したところで、任期中に日中関係が改善する見込みは無きに等しくなった。

 逆に中国の「安倍叩き」キャンペーンに反発して「歴史修正主義」傾向を強めれば、日米関係にすきま風が吹き、国際社会も一段と日本に距離を置くだろう。安倍政権がいつまで高い支持率を保てるかは、今年の経済次第だろうが、靖国参拝はアベノミクスを痛めることはあっても、味方する要素はないだろう。